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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)2923号 判決 1982年4月08日

控訴人 倉島茂好

被控訴人 今井登代茂

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  本件につき原裁判所が昭和五六年九月五日になした原審昭和五六年(モ)第一四九号強制執行停止決定に対する認可決定はこれを取り消す。

五  前項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴人は、主文第一ないし第三項と同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほか原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(控訴人の主張)

控訴人は、確定判決に基づく第一回目の強制執行が被控訴人転居のため執行不能となつたので、急遽被控訴人の転居先を調査して、これを突きとめた。そして、昭和五六年八月七日の経過により消滅時効が完成することとなつていたため、控訴人は、時効期間経過前の同月五日再度強制執行の申立をし、これに基づき同月一九日動産の差押がなされたのである。したがつて、控訴人の執行申立後直ちに執行がなされていれば時効は当然中断された筈であるから、右のような場合には差押がなされたのは時効期間の経過後であつても中断の効力が生ずるものというべきである。

(被控訴人の主張)

控訴人の右主張事実中、控訴人主張の日の経過により確定判決による債権の消滅時効が完成することとなつていたこと及び該判決に基づき控訴人主張の日に動産の差押がなされたことは認めるが、その余は知らない。時効は時効期間の経過によつて完成するのであるから、その後になされた差押が時効中断の効力を生ずる筈はない。

(証拠関係)<省略>

理由

控訴人から被控訴人に対する債務名義として、被控訴人に対し金四五万〇三七〇円及び内金二三万七九五九円に対する昭和四五年二月一日から、内金二一万二四一一円に対する昭和四四年一一日三〇日から各支払済までそれぞれ年三割六分の割合による金員の支払いを命じた長野地方裁判所上田支部昭和四五年(ワ)第二三号貸金請求事件の確定判決が存在すること、並びに該判決は、昭和四六年七月二一日言渡され、同年八月七日確定したものであり、昭和五六年八月七日で確定後一〇年を経過したことは当事者間に争いがない。 被控訴人は、右確定判決による債権は控訴人が一〇年間権利を行使しなかつたから時効により消滅したとして右債務名義の執行力の排除を求めるのに対し、控訴人は、昭和五六年八月五日控訴人が申立て、同月一九日執行官のなした動産の差押により時効は中断した旨主張するので、以下判断する。

控訴人主張の差押がなされたこと、その時期が民法一七四条の二第一項の定める一〇年の時効期間が経過した後の昭和五六年八月一九日であることは当事者間に争いがない。しかし、成立に争いのない乙第一ないし第四号証及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、右確定判決による債権の時効期間が満了に近づいたので、時効完成前に権利の実現をはかるべく、右判決に基づき昭和五六年七月一五日浦和地方裁判所の執行官に対し被控訴人の動産につき強制執行の申立をなし、同月一七日同庁の執行官が被控訴人の住所地とされていた埼玉県戸田市美女木二〇七八番地の国際興業株式会社の社宅へ執行に赴いたが、同年四月被控訴人が他に転居していたため、右執行は不能に帰したこと、そこで、控訴人は、急遽被控訴人の転居先を調査したうえ、時効期間経過前の同年八月五日前同庁の執行官に対し再度被控訴人の動産につき強制執行の申立をなし、該申立に基づいて前記のとおり時効期間経過後一二日を経た同月一九日前記差押がなされたものであることが認められる。

ところで、差押が時効中断の事由となることは民法一四七条の規定するところであるが、本件のように強制執行の申立は時効期間経過前になされたが、動産が差押えられたのは時効期間経過後であるという場合に、右差押をもつて時効中断の効力を有するものとすべきかどうかは問題であるが(大審院大正一三年五月二〇日判決、民集三巻五号二〇三頁は、時効中断の効力を否定した。)、当裁判所は、右の場合には、執行申立の時に時効中断の効力を生ずるものと解する。けだし、(1) 差押が時効中断の事由とされているのは、それが時効の基礎となる事実状態と相容れない権利の行使としての強制執行行為であるからであるところ、私法上の権利実現のための強制執行は、権利者の申立に基づいて国家の執行機関が行うものであつて、いつたん執行の申立がなされた後は、多くの場合、執行機関の主導によつて執行手続が展開し、権利者としては、申立後の執行手続の進行はほとんど執行機関に委ねるほかはないのであるから、時効完成前に強制執行の申立をなし、権利実現のためになすべき努力を尽した権利者の権利について、爾後の執行手続が迅速に行なわれるかどうかにより時効の完成が左右されることには合理性がなく、右権利の時効期間が執行手続進行の関係上差押前に経過した場合に、時効の完成を容認することはたとえ執行手続の進め方が職務の執行として許容しえない程度の遅滞の状態にあつたといえないときでも、権利者に酷であるというべきであり、権利の上に眠る者は保護しないという時効制度本来の趣旨を逸脱すると思料されること、(2)民事執行規則一条、二一条はすべての執行の申立につき書面によることを要求している(動産執行の申立の場合につき、さらに同規則九九条参照)のであるから、動産に対する執行申立の時期が不明確となるおそれはないうえ、動産執行の申立は、訴の提起、任意競売の申立などに劣らない強力な権利の行使であるということができ、動産執行の場合のみを他の場合(訴については提起の時(民訴法二三五条)、任意競売については申立の時(大審院昭和一三年六月二七日判決、民集一七巻一四号一三二四頁参照))と異別にし、申立の時に遅れる差押の時をもつて時効中断の効力発生の時とすべき実質的根拠に乏しいこと、(3) 時効期間経過前の強制執行の申立に基づいて時効期間経過後に差押がなされる場合においても、差押は申立に近接した時期になされるのが通常であるから、義務者が時効期間経過直後に領収証など自己に有利な証拠資料を廃棄したために不利益を被むることは、絶無ではないとしても、稀有の事例に属すると考えられること、(4) 元来義務の存在が明確である以上これを履行するのは当然のことなのであるから、強制執行の申立の時に時効中断の効力が生ずると解しても、義務者に対し新らたな不利益を負わせることにはならないに反し、強制執行の申立と差押との間の僅かな時間差のために時効中断の効力が否定されることにより権利者は権利喪失という大きな不利益を受けることとなることなど彼此勘案すると、時効期間経過前の動産執行申立に基づいて時効期間経過後に差押がなされた場合には、該差押は右執行申立の時に時効中断の効力を生ずると解するのが相当である。

してみれば、前記確定判決による債権の消滅時効は、動産の差押により昭和五六年八月五日中断したというべきであるから、未だ完成せず、本件債務名義は有効に存続しているというべきである。したがつて、右と異なる時効の完成を認めて被控訴人の本訴請求を認容した原判決は失当として取消を免れず、本件控訴は理由がある。

よつて、原判決を取り消し、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を、強制執行停止決定に対する認可決定の取消とその仮執行宣言につき民事執行法三七条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 蕪山厳 浅香恒久 安國種彦)

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